摩利支天のお正月〈年末年始のご案内〉

報恩謝徳(第11回八千枚護摩供結願)おかげさまでありがとうございました

2018年11月28日「八千枚護摩供」金沢宝泉寺道場

おかげさまでありがとうございます
おかげさまで、ありがとうございました。

第11回八千枚護摩供

第11回

八千枚護摩供

・開白 平成30年11月 2日
・結願 平成30年11月23日

金沢宝泉寺道場
瑜伽者雅榮

おかげさまでありがとうございます。無魔成満いたしました。

八千枚護摩供
不動明王を説くお経に、精進潔斎して不動明王の真言10万遍を唱え、さらに一昼夜断食して、八千枚の護摩木を焼く護摩修法をなせば、願いがかなう、と説かれていることより修される行を八千枚護摩供という。ふつう、正行(しょうぎょう)の7日間で10万遍、その前の加行14日間(けぎょう)で10万遍、合わせて20万遍の不動明王の真言を唱えることが多い。

炎に願いを

子来(こらい)町の真言宗宝泉寺で23日、真言密教で最も過酷とされる荒行「八千枚護摩供(ごまく)」が行われ、檀信徒70人が半日掛けて護摩木を炎にくべ続ける辻住職に、息災や病気の改善などの願いを託した。

護摩供は釈迦(しゃか)が現世とあの世を8千回往復し、人命を救ったという故事に基づいて行われている。辻住職は燃える炎の前に座り、真言を唱えて檀信徒が切りそろえて乾燥させた護摩木を投じた。檀信徒は錫杖(しゃくじょう)を鳴らして見守った。

辻住職が八千枚を成功させたのは11度目。3週間前から少量の果物や木の実などのみ口にし、1日3回護摩をたく修行を続けていた。

半日掛け「八千枚護摩供」

「炎の前で真言を唱える辻住職」北国新聞、2018年11月24日。

「炎の前で真言を唱える辻住職」(北国新聞、2018年11月24日)

(北国新聞、2018年11月24日)

八千枚護摩供で息災延命を祈願

金沢市子来町の宝泉寺で二十三日、「八千枚護摩供」が営まれ、辻雅栄住職(58)が護摩木を炎にくべ、檀信徒らが息災延命をなどの祈願を託した。

護摩供は最も厳しい荒行とされ、今回で十一回目。辻住職は勢いよく燃え上がる炎の前に座り、檀信徒が作った八千枚の護摩木を半日かけてくべ続けた。

終了後、辻住職は集まった人々に「護摩は一人ではできない。大勢の方に手伝っていただき、仏様が見守ってくださって自然と体が動く。続けることで見える世界が深まる」などと語った。

(横井武昭)

(北陸中日新聞、2018年11月24日)

 

八千枚護摩供で息災延命を祈願、宝泉寺(北陸中日新聞、2018年11月24日)

八千枚護摩供で息災延命を祈願、宝泉寺(北陸中日新聞、2018年11月24日)

八千枚の後かたづけ

みなさんに手伝っていただき、24日午後1時から本堂の後片づけをおこないました。この作業を一人でやると、原状復帰に何日かかることやら… 

おかげさまで24名様のお力添えをいただき、4時間で元の本堂に戻りました。スゴイ! また明日から次回の八千枚護摩供に向かって、護摩の修練を重ねていきます。どうぞよろしくお願いいたします。

今回は3週間で体重11キロの減。護摩の火炎にあぶられ、赤くなった顔も、一晩寝たら少しおさまってきたようです。毎度のことながらハラハラしますね。

まりちゃん

住職

つづけることの辛さ、楽しさ

塔婆を建てる

25日、森さんと羽場さんがおまいりに来られたので、さっそく塔婆を建てていただきました。森さんには、前回もお世話になりましたね。おかげさまで、ありがとうございます。

塔婆を建てる

森さん・羽場さん、ありがとうございます。

余談ですが‥

11月23日のお天気について

2018年11月23日の満月(石川県金沢市)

2018年11月23日の満月(石川県金沢市)住職撮影

2018年11月23日は夜から朝にかけて雨が降っていましたが、朝から曇。日中は時々お天道さまが顔をのぞかせていたように記憶しています。護摩修法中、たまにお堂の中まで日差しが入ってきてましたね。

護摩が終わった頃には空も晴れ、おかげで夜には満月を拝むことができました。白くて大きなお月さまでした。

24日朝、西の空にはまだ輝いてましたよ。

ちなみに2018年11月28日当日、金沢市の気象データ(1時間ごと)は次のとおり。

2018年11月28日金沢市の気象データ(1時間ごと)

2018年11月28日金沢市の気象データ(1時間ごと) ◎=曇 =雨 (気象庁)

藤原道長の「望月の歌」から1000年。

2018年11月23日(金)の満月は、藤原道長が「望月の歌」を詠んでから1000年目の満月だったそうです。

「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の欠けたることもなしと思へば」

2018年は、平安時代の貴族・藤原道長が「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の欠けたることもなしと思へば」という有名な歌を詠んでから1000年目の年に当たるそうな。

京都新聞などによると、藤原道長が「望月の歌」を詠んだのは、旧暦の1018年10月16日

2018年11月23日は、旧暦の10月16日にあたるということです。これまた奇遇! おもしろいな〜

参考 2018年11月23日の月 藤原道長が「望月の歌」を詠んでから1000年目の満月ライブドアニュース
あの白く大きく輝く満月を仰いで、道長が歌を詠んだのですね。

まりちゃん

藤原道長が「この世をば…」詠んだ千年の満月 どう見える 

平安時代に藤原道長が京の邸宅で「この世をば我(わ)が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」と詠んでから千年の満月を、22日深夜に迎える。当日の京都市内の天気は曇りの予報で、千年後の「望月」を拝めるかは微妙だが、21日夜に市内では丸い姿が浮かび、悠久の時を思わせた。

「望月の歌」は藤原実資の日記「小右記」の1018(寛仁2)年10月16日の条に記されている。3人の娘がみな后(きさき)になることが決まった日で、権勢を満月にたとえた歌とされる。新暦で言えば11月に当たり、今月の満月は23日に日付が変わる頃に迎えるという。

道長が「望月の歌」を詠んだ土御門第跡である上京区の京都御苑内の仙洞御所近くからこの日、夜空を見上げた。日が沈んでしばらく雲に覆われていた月が午後6時頃に姿を現した。流れる雲の間からさまざまな表情を見せながら美しい輝きを放った。

(「京都新聞」2018年11月21日)

この世をば…道長が詠んだ満月、1千年後の今宵も夜空に

 平安時代の貴族、藤原道長(966~1027)が「この世をばわが世とぞ思ふ望月(もちづき)の欠けたることもなしと思へば」と詠んでからちょうど1千年後の満月が23日夕、昇った。栄華を極めた藤原氏の時代は移り変わったが、望月はなお欠けることなく地上を照らし続けている。

 平安の貴族・藤原実資(さねすけ)の日記「小右記(しょうゆうき)」や道長自身の日記によると、道長はこの歌を寛仁2(1018)年10月16日に詠んだ。兵庫県の明石市立天文科学館の井上毅(たけし)館長が調べると、この日は確かに満月だったという。今年の旧暦10月16日は11月23日だ。

 東京都港区では23日午後5時ごろ、高層ビルの上に大きな満月が姿を見せた。

(東山正宜)

藤原道長が望月の歌を詠んでちょうど1千年後となった満月=23日午後6時26分、東京都港区、東山正宜氏撮影

(「朝日新聞 DIGITAL」2018年11月23日)

住職

お月さまは、満ちれば欠ける‥
さあ、また一から出直しだ。護摩の修練を続けよう。

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