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【朗読】泉鏡花の「五本松」をきく

泉鏡花

宝泉寺のご神木「五本松」を荒御霊の魔神の棲家であることを誰も知らないものはない。尤も幹の周囲には注連を飾、傍に山伏の居る古寺が一宇ある。此の神木に對し、少しでも侮蔑を加へたものは、立處に其の罰を蒙るといふ‥

【朗読】五本松 泉鏡花

泉鏡花の「五本松」をきく
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まりちゃん

がんばって、音声ファイルつくりました! ぜひお聴きください。
五本松  泉鏡花

衾に入ったのは十二時を聞いて小半時経った後で、秋の夜は長いから、それまでにいろいろな事があった。血氣で好奇心の熾な少年の為る事は、自分と都合五人づれで、十一時過から天神山を指して登ったことである。

麓の町に澄渡った月の下に、まだ夜店が残って居た。三角形の行燈に、くだものと假名を朱でかいた爺さんの店で、少しばかり賣残った棗と、蒸栗とを買って、ひえて冷いのを手ン手に袂に入れた。袂も重いほど、したしたと降るが如き夜露で、道すがら渡った小橋の欄干も、水を打ったやうであった。

市の者が遊山場にするものであるから、坂も長くはない。又険しくもないので、たゞ處々樹立に入って暗くなり、森を潜って出ると明るくなる月夜の山道を、いずれも草の露に濡るゝ足を、重くも思はず浮かれて登る。

天神山と云ふ、其の嶺から道を轉じて、愛宕といふのにかゝって來た。是で臥龍山の半腹を一廻りしたことになる。歸途になると、歩行くのに話の種子も途絶えたといふもので、聲を合せて謡をはじめた。

皆で節の揃ふのも多度はないから、おなじ歌ばかり繰返したのにも飽の來たので、後は思ひ思ひに、軍歌、童謡、流行唄、いかさまなぞめきも交って、人憚らぬ高調子、麓で聞いたら、猪狩の鯨波の聲だと、思ふであらう、と然う思った時、山道の細い坂を一列になった、眞先に立って居た自分は、弗と心着いた。

此の愛宕には、五本松と云って、幾年經るか、老松一株、岳の嶺に立って居るが、根から五本に別れて、梢は丸く繁って居る。

大屋根に上がると、土蜘蛛の蟠ったやうな根から梢まで、間近にあからさまに見える。其の橋の上からでも、辻の角からでも、路地の中からでも、櫺(=木+霊)子の窓からでも、凡そ全市街の要處々々、此松が見えて、景色を添へない處はない。

石燈篭を置くにも、遠景に此松を控へ、池を造るにも、眺めに此松を添へると云ったやうなもので、其の癖慰みにあしらふべきものではなく、荒御霊の魔神の棲家であることを誰も知らないものはない。尤も幹の周囲には注連を飾って、傍に山伏の居る古寺が一宇ある。此の神木に對し、少しでも侮蔑を加へたものは、立處に其の罰を蒙るといふ、奇しく怪しき物語は、口碑に傳って數ふるに勝へないが、其れより、疑ひもなく去年の秋。

塗師屋の職人に源といふ侠気が在って、大口を利く、豪傑がる、人を人とも思はぬのだから、神佛も何もない。其癖、春秋の社日の夜参詣、蓮如忌の山遊びなどは、缺した事がないのに、曰く、俺様にかゝつちや、天狗も馬の糞も何もねえと、汚口を叩いて弥治郎兵衛のやうな太平楽。魔は夜中に騒がしいのを嫌ふてえから、一番愛宕山を呼崩してくれべい、皆來ねえ、屁放りの弱蟲め、那様了簡だから一人で寝るのだ、と罵って、無理強ひに連中を募った。これが五人、件の源さんが眞先に立って、同じく天神山から鳴り下って、愛宕へ懸ったのは丁度丑の刻。

路が恁く狭いのであるから、其時も一列になって下りて來たが、旋て五本松を通り過ぎ、麓の灯が足の下に見えた時、様あ見ろ、何うだ、魔なんざ身もだえも羽ばたきも出來るもんぢやあるめえがの、それ、と言って隊長傲然と振返ると、恁は如何に、誰も見えない。――今まで背に附着て來たのが、四人とも影も形もなく、源、唯一人になって居たから、あっと思った切。

手にも取られず、目にも見えないが、唯其の疾さは、鳶が羽を伸ばした時ほどの、ものの氣勢に追懸けられる。其の恐しさに、丘とも謂はず、狂ひ狂ひ逃げ廻ったが、前後不覚の間にも、あはれ、足疾鬼も從ふべからざる自轉車に乘ったら、其の追ふ者から遁れて、人間界に歸る事が出來るだらう、と思ひ詰めて居たと、半年ばかり經て源が本氣になってから、前の世の事であったやうに思ひ出して語った。

其時の後の四人は、奈何して又源が目から消えたといふのに、一番後の殿で歩いて居た一人が、五本松の下でふっつりと鼻緒を切ったので、おや、と言って立停ると、何だ、何だ、といふので、前に立った三人言合せたやうに氣を揃へて、其のおや、の何なるかを怪んで立停った、此の咄嗟の間に、源は何も知らないで、平氣で歩行いたから、少し離れて振返った時は、後の四人が立停った時だったのである。

四人は源を見失って、ついたゞ先へ歸ったものとばかり、別に怪まないで麓に下り、別れ別れに歸って寝た。夜中に源が家から尋ねて來たので、はじめて行方の知れないのに氣が付いて、それから騒ぎ出したといふ。
心からでもあらう、然し夜も同じ時も同じ時、然も、言合せたやうな五人連、自分は眞先に立たって居たから、異常はなくとも、あまり此處で騒ぐのはよくないと、弗と心に然う浮んだ。

譯を言って、唄ふのを止めさせよう、と思ったけれども、中には殊の外臆病なのがあって、厭だといふのを、是も些と無理強ひに、負け惜みを出させて連れて來たので、自分と今一人、高山といふ、是は殿を打って居た。二人は可いが、憖つかな事言出して、此の山の中で、神經でも起こされてはと思って、わざと言はずじまひ。其侭自分だけは聲を呑んだが、外連は、こらしよの、こらさ、こらこらと好元氣で、草木や山の香が骨まで透る夜氣にもめげず、麓へ下りたので、自分は吻といふ息を吐いた。

家に近い四辻で、月明に濡れた黒い姿で、横を向き、後になり、斜に立ち、手を挙げて、放れ放れに別れて歸った。

自分で戸締まりをして、二階へ上がって衾を引被いたが、烈しい夜露に浸された所為であらう、體は凡濡紙で巻かれたやうで、而して胸も背も冷たかった。

暗い木立の中を通す、一條の月の光の明るい中を、山を歩行いて來た景色などを思ひ浮めながら、疲れてうとうとしたと思ふと、瓦斯に犯されるやうな心持、唇がはしやいで、頭が赫々と逆上るので、うつとりしながら目を擦って起上る。

枕元に置いた金の火鉢に、寝るのだから埋んで置いた、ごとごつした大きな炭が、不残眞赤になって烈々となって燃える。

顔を向けると咽せさうなのに、再び掻寄せて灰を浴せて、そのまゝ仰向けになったが、其時から目が冴えた、枕にした愛宕の山颪は、五本松を潜って襲ふが如く身に浸みる。

ひつそりして物音もしない時、颯とばかりに戸外を駈けていくもの氣勢がある。其とも思ひ料らず、ふと考へた、其の疾さは丁ど犬が全速力を篭めて四足で駈けるほどで、而して唯脚ばかりではない、凡そ鳶が伸ばしたばかりの翼を備へた物であらうと思ひ取った、更にその駈けて行ったのを、地を行くでもなく、又宙を飛ぶでもなく、着かず放れず其の翼の尖、脚の裏がかすかに地に着いたほど、地の上一寸の所を矢の如くに過り去ったかのやうである。ものの音はたゞ一瞬間であったが、其の氣勢は脈々として長く、耳に残って消え失せない。

自分は其の形跡を窺はうと思って、衾から離れて出て、障子を開けて雨戸に手をかけたが、少し猶豫った。

月明かりは板戸の隙から一筋入って、灯を後にした寝衣の襟へさす、此の明るさでは、蟲も見えよう、今戸を開けて、戸外に甚麼ものを見ようも知れぬ、と殆ど想像し得られない怪い形を心に描いて逡巡したのである。

けれども、思切って一枚開けた、板戸一枚ががたりと入った、戸袋へどんと手頃な石塊を打當てた音がした。

目を眠って坐ったが、及腰に戸外を透すと、誰も居ない、向の屋根)と其の隣の蔵があるばかり、何にもない、眞晝のやうな月夜である。

もの音の過ぎ去った、西の方なる町の果には、白々と霧がかゝって居た。

落着いて、密と静かに又雨戸を閉めて、障子に氣が付かず、閉めると旋て、つかつかと引返して、倒れるやうに衾に入って、襟を顔の半ばに引駈けて、熟として居た。

木太刀を打合ふ音、駈違ひ入亂るゝ數百人の跫音、一しきり止むと、女のひいひい泣く聲がする。又太刀の音、足の音、一しきり止む、と又泣聲がする。手に取るやうに聞える。が間近ではない。町を一つ隔てた山の麓の通りから、曩渡った橋の上へかけて、推しつ返しつ、恰も軍が始ったやうであった、其の不思議よりも、寧ろ是を聞いていた自分を怪まねばならぬ。

凡そ此の修羅場の消息は、絶えず一二時間も續いたらう。果は聞き馴れて敢て耳を欹ず、氣も遠くなってうとうとすると、何ともいふ先觸はなしに、誰彼の高山といふのが血だらけになって戸を敲いて來る、手も足も血塗れになって來るから、戸を開けて入れてやらねばならない、と然う思ひ思ひ、うつとりとなって寝たものらしい。

起きると、我ながら慌しくなって駈けて家を出て、然まで遠方ではなかった其人の下宿を尋ねた。

いつもの寝坊が早起もをかしいのに、机の前に、寝衣の侭茫乎ともの思をして坐って居たが、顔を見ると突然自分の名を呼んで、昨夕は何事もなかったか、と言った。

渠もよく寝付けなかったので、これは礫も打たれず、怪禽の地を駈けるのも知らなかったが、修羅の消息は同じやうに聞いたのである。

而して恐ろしい様な顔をして見せた。両手とも赤いものに浸されて居た。顔を洗はうとして弗と氣が注いたと言った。掌と甲は落としたが、まだ洗ひ殘した指と指との間は、十本とも斑に黒ずんだ色の赤いものに浸れて居たので、赤インキでもない、朱でもない、魚の腸の色でもないが、血ぢやあるまい、けれども顔を見合わせた時は、心々に頷いた。

窓を開ければ五本松の梢が、向の物干しの陰からほッかりと見えるのだけれども、何か憚る處があって、其二三日は垂篭めて居た、其だけで無事であった。

(『泉鏡花全集』第4巻 岩波書店・昭和16年発行)

古本の紹介です。

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泉鏡花について
泉鏡花

泉鏡花

泉鏡花は1873年(明治6)、金沢市に生まれました。幼少期を金沢で過ごした鏡花は終生、故郷と母とを哀惜し、折に触れて作品に登場します。しかし母は出産後の産褥熱のため鏡花が10歳のとき死亡。鏡花は強い衝撃を受けます。16歳の時、友人宅で読んだ尾崎紅葉の「二人比丘尼 色懺悔」を読んで感激し文学を志すようになり、18歳のとき、東京の牛込の紅葉宅を訪ね、入門を志願。鏡花は紅葉宅での書生生活を始めます。紅葉の薫陶を受けながら鏡花は次第に実力をつけていきます。

中でも、1900年(明治33)に発表した「高野聖」のすぐれた幻想性は目を見張るものがあります。この他にも、「照葉狂言」、「婦系図」、「歌行燈」などの傑作を世に送り出しました。 江戸文芸の影響を深く受けた怪奇趣味と幻想性は、現代でも高く評価されています。

とくに幽玄華麗な独特の文体と巧緻を尽くした作風は、川端康成、石川淳、三島由紀夫らに影響を与えました。

「五本松」は、明治31年12月号『太陽』巻第6巻第2号に初めて収録されました。

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オンマリシエイソワカ