五本松(宝泉寺 )|荒御霊の魔神の棲家

五本松(金沢宝泉寺)
五本松(金沢宝泉寺)
鏡花文学賞50周年記念『鏡花逍遥』金沢市、2024年3月31日金沢市文化スポーツ局文化政策課発行)
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泉鏡花の世界 秋山 稔
郷愁の鏡花文学
〈原風景としての金沢〉

 三百余編に及ぶ泉鏡花の小説・戯曲の中で、加賀・能登を舞台とした作品は八十余作、そのうち金沢が七十作余りで圧倒的に多い。いかにふるさと金沢にこだわり続けたかが、わかる。重要なのは、浅野川周辺から卯辰山をめぐる市内各地を舞台とする中で、現世と他界の二つの世界に渉る母亡き少年の年上の女性への憧れ、身代わりのように入水した女性への罪障感、恋の妄執、俗物への嫌悪など、独自の文学世界が成立していったことである。その背景には、かけがえのないものの喪失感があり、それを確認し、回復しようとする志向がみられる。かけがえのないもの、それは〈原風景としての金沢〉である。

|3| 卯辰山
(1)五本松(宝泉寺)

愛宕あたごには、五本松ごほんまつといって、いく年経としへるか、老松一株ろうしょういっしゅおかいただきに立って居るが、根から五本に別れて、梢が丸く茂って居る。……およそ全市街の要処々々、この松が見えて、景色を添えないところはない。……なぐさみにあしらうものではなく、荒御霊あらみたまの魔神の棲家すみかであることを誰も知らないものはない。もっとも幹の周囲まわりには注連しめを飾って、かたわらに山伏の居る古寺ふるでらが一ある。この神木に対し、少しでも侮蔑ぶべつを加えたものは、たちどころにその罰をこうむるという、しく怪しき物語は、口碑こうひつたわって数うるにへない……

五本松は、東茶屋街に隣接する宇多須神社脇の子来坂の途中を右に入った真言宗摩利支天山宝泉寺の境内にある。『町双六』(大正六年一月、「新小説」)にも、「ここまで二町には足りない坂だが、随分急だね」とある。浅野川を臨む崖上にあり、「世人の伝説に、摩利支天堂の五本松は、昔より天狗の住所にて、折々怪異あり。故に夜中などは、この堂前へ参拝人甚だ恐怖して、多分往くものなしといへり」(『金沢古蹟志』)という。『町双六』にも、「魔の所為だろう……天狗が驚かすんぢゃないかと思う」とある。鏡花の『五本松』は、真夜中に魔所を高吟放歌して通過した少年が、帰宅後に体験した幻視幻聴を描く。なお、前年十一月発表の句に「こがらしのよすから峯の五本松」がある。

(鏡花文学賞50周年記念『鏡花逍遥』金沢市、2024年3月31日金沢市文化スポーツ局文化政策課発行)
金沢 摩利支天 宝泉寺 オンマリシエイソワカ
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