毎月一日は、摩利支天のご縁日です。護摩と法話があります。

金沢一の絶景どこ 芥川の愛した宝泉寺。感動の眺望

知り人ぞ知る金沢の絶景

坂を駆けあがって、五本松の高台に着くと、

わー

と声を出す人が少なくありません。

ざっくり読む(目次)

金沢市民の「秘密の名所」宝泉寺からの眺め

金沢一の絶景どこ1924年(大正13)5月、室生犀星の招きで金沢を訪れた芥川龍之介の心をとらえたのは、卯辰山のふもと宝泉寺からの眺望 だった。

きょう景観の日

金沢の街には、数々の絶景スポットが存在する。仕事柄、大方の場所は把握しているつもりだったが、あの文豪、芥川龍之介が「金沢一の絶景」と褒めた眺望はまだ体験したことがなかった。6月1日は国が定める「景観の日」。久しぶりの青空の下、知る人ぞ知る金沢の絶景ポイントをたずね歩いてみた。(森田 奈々)

「知る人ぞ知る」を探して

芥川の愛した宝泉寺 感動、180度の眺め

1924(大正13)年5月、室生犀星の招きで金沢を訪れた芥川龍之介の心をとらえたのは、卯辰山のふもと真言宗宝泉寺=同市子来町=からの眺望 だった。

黒瓦がキラキラ

拝殿につながる石段を上がると、突然、視界が開けた。「わー」と思わず声が上がる。家々の黒瓦が太陽に照らされてキラキラと光り、その向こうには浅 野川の流れ、中心部のビル群、4月に完成したばかりの金沢城河北門もくっきり見え、遠くには日本海が広がる。180度のパノラマは、文豪が賞賛したのもう なずける。

辻雅榮住職によると、石段を登ってきた、ほとんどの人が「わー」と声を出すそうだ。眼下の住宅街からは女性や子どもの話し声が聞こえる。辻住職は 「ここは景色だけではなく金沢の生活の風情が感じられる場所です」と話した。(略)

街並みが変ぼう

1968年(昭和43)、全国に先駆けて金沢市は景観に関する条例を設けた。芥川龍之介が金沢を訪れたころと街並みが変わっているだろうけど、歴史 とともに何層にも折り重なる城下町の美しさはこれからも守っていきたい。

(2010年6月1日、北國新聞 )
金沢一の絶景どこ
金沢一の絶景どこ(2010年6月1日、北國新聞 )

金沢一の絶景どこ! 
芥川の愛した宝泉寺。感動、180度の眺め。大正十三(1924)年五月、室生犀星の招きで金沢を訪れた芥川龍之介の心をとらえたのは、卯辰山のふもと宝泉寺からの眺望 だった

知る人ぞ知る金沢の絶景「宝泉寺」

私だけのフォトスポットを見つけたい

宝泉寺から
東茶屋街を
見おろせば
いらかの波が
漆黒に光る

地元っ子にこっそり教わったのは
宝泉寺境内からの眺めでした

町ナカを歩くことが多い金沢旅。ときには、ゆっくり景色を楽しむ時間を持ちませんか? 

たとえば‥ 

卯辰山(うたつやま)のふもとにたつ宝泉寺からの眺め。今や金沢随一の観光名所としてにぎわう「ひがし茶屋街」も、ここから見おろせばしっとりした雰囲気。

昔ながらの黒い瓦屋根が続き、加賀藩が築いた格式高い茶屋街の姿を今に伝えます。天気がよければ落陽の景色も見事。泉鏡花や芥川龍之介ら文豪も愛した絶景です。

宝泉寺 加賀藩主・前田利家の守護神「摩利支天(まりしてん)」を本尊とする高野山真言宗の寺。境内にはご神木の五本松(ごほんまつ)があり、”卯辰山の五本松”の名で親しまれている。卯辰山山麓の子来坂(こらいざか)を200mほど登った先にある。

金沢市子来町57

076-252-3319

(小学館『和楽』2・3月号 2017年)

(小学館『和楽』2・3月号 2017年)

知り人ぞ知る金沢の絶景
知り人ぞ知る金沢の絶景

宝泉寺|金沢市民の「秘密の名所」宝泉寺からの眺め

私的ほくりく百景

金沢宝泉寺からの眺め

「自分の街」しみじみと

「今、自分はここで生活しているんだな」と、しみじみと思った。金沢市子来(こらい)町の高台にある宝泉寺から市街地を眺めた時のことだ。

宝泉寺程近くの東山で、長唄三味線を習い始めたのは、2016年9月。そのころ既に、金沢に赴任して一年以上がたっていた。岐阜県出身で一人暮らし。地域とのつながりはほとんどなく、自分と同じ境遇の仕事仲間や、同僚とばかり交流して、どこか「よそ者」という気持ちは消えていなかった。

三味線を始めると、同じ教室の中で知り合った地元の人と出会い、徐々に交流するようになっていった。地元の話題もするようになり、ようやく自分も金沢の街の一員になれてきたように感じていた。

教室に通い始めて半年がたった17年3月ごろ、偶然訪れたのが宝泉寺だった。目に入ったのは、夕日でオレンジ色に染まった金沢の街並み。浅野川が流れ、民家が立ち並ぶ。人々が生きる日常の街の風景がやけに美しかった。

それから、宝泉寺には絶景目当てにたびたび足を運び「金沢は自分の街だ」と実感していたが、日々の暮らしの中で、疎外感が薄れるにつれて足は遠のいていった。

2月13日、久しぶりに再訪した。東山の宇多須(うたす)神社の横を通る子来坂を上るのがお決まりのコース。数日来の雪で、坂は真っ白になっていた。長さ10メートルほどの坂だが意外と急勾配で、雪で滑らないように歩いたせいか、少々息が上がった。

寺は坂を上がった右手に位置する。境内に入るため再び坂を上ると、市街地の風景が見えてきた。民家やビルは〝雪の帽子〞をかぶっていたが、変わらぬ風景の美しさに感嘆した。

それにしても、相も変わらず人がいない。今回は積雪の影響もあるだろうが、こんな絶景スポットなら観光客が大勢来てもいいはずだ。

「ここは泉鏡花が小説の中で『魔神の棲家』と紹介するほどで、酔狂な人でないと来ないです。近くにあるひがし茶屋街の観光客が来るのを、急な子来坂が止めています」と辻雅榮住職(57)は笑う。

辻住職によると、市内を見渡せる眺望は、加賀藩の軍事戦略上、不都合だった。藩は主に武人が信仰する隠形の神「摩利支天」を祭るお堂を建立し、要所の同地を隠した。子来坂ができると、住民も入りやすくなったが、人けのなさは変わっていない。

辻住職は「静かなこの空間は、瞑想や祈りに向いていると思います」と話す。確かに、この静けさはだったからこそしみじみとした気分になったのだろう。観光客には申し訳ないが、ここは金沢市民の「秘密の名所」のままにしておきたい。
(草野大貴)

きょうのイチオシ!

(「中日新聞」2018年2月16日)

金沢市民の「秘密の名所」(2018年2月18日「中日新聞」)
金沢市民の「秘密の名所」(2018年2月18日「中日新聞」)

冬の金沢|宝泉寺からの眺望

白く染まった

いらかの波に

昔ながらの屋根瓦の

美しさを再発見。

雪の古都歩きも

いいものだ。

卯辰山のふもとにある「宝泉寺」は写真の「ひがし茶屋街」からほど近く。境内から金沢の街並みが一望できる。写真 / 篠原宏明

『和楽』2・3月号(2020年 No.190、131ページ)

宝泉寺境内から見る雪の金沢
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宝 泉 寺

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