子母澤類と巡る 文学散歩道 泉鏡花 五本松

子母澤類と巡る
文学散歩道

 観光地でにぎわう、ひがし茶屋街の奥に、宇多須神社がある。その脇にある細い坂道が子来坂だ。つまづいたら一気に転がり落ちそうな、急勾配の坂道である。

 この坂の途中に、真言宗宝泉寺がある。

 「ここまで二町には足りない坂だが、随分急だね」と、鏡花の「町双六」にも描かれる。
 境内は、深い木立に包まれている。参道に、小さな石仏が並んでいる。どのお顔も、柔和で、やさしく微笑んでいるようだ。新盆を迎え、それぞれに花が手向けられている。

宝泉寺(北國新聞)

目の前に城下の絶景

五本松からの眺望(金沢宝泉寺)北国新聞

 森閑とした参道を抜けると、視界が明るく開けた。目の前に、金沢の町が広がっている。これまで卯辰山のいろんな場所から眺めたどの眺望よりも、金沢が間近に感じられる絶景である。涼しい風が渡って、汗ばんだ肌をなぞっていく。

 「城下の町は、川も、橋も、城も森も、天守の櫓も、所々に薄霞した一枚の絵双六の風情である」と、鏡花が描いた通りの風景に、驚いてしまう。

 東山の黒瓦の家並み、浅野川大橋と梅の橋、天神橋と、3つの橋が見渡せる。

 そして、さほど遠くない場所に、対面するように金沢城の白い屋根までもが望めるのである。

 3代藩主、前田利常は、この崖地を軍事的な要所として宝泉寺を築かせた。

 崖を見下ろすように、見事な五本松が、堂々とそびえている。立て札には、3代目の松と書かれている。

 「根から五本に別れて、梢が丸く茂っている」と書いた鏡花が見たのは、初代の松だろうか。

 天狗が棲むというこの松は「魔神の棲家」で「この神木に対し、侮蔑を加えたものは、罰をこうむる」と言い置いて、鏡花の怪しき物語が始まるのである。

 血気盛んな5人の少年が、月夜の晩に天神山へ登った。山道の怖さも泉鏡花 五本松 (金沢市)て、歌い騒ぎながら五本松を通り過ぎ、夜中に家へ帰った。

 その夜、少年は、寝所の中で恐ろしい経験をする。戸外でなにかが矢のように駆けてゆく。そのうち、入り乱れる数百人の足音、女のひいひい泣く声、太刀の音。戦が始まったようだった。

 それがやむと、5人の仲間である高山という少年が、血まみれで戸を叩く。恐ろしい夢だ。

 少年は朝、起きてすぐ、高山の家に行く。彼もよく寝付かれず、修羅を聞いたという。そして彼の手は、黒ずんだ赤いものにまみれていた。

魔神が罰を与える

神木「五本松」金沢宝泉寺

 短篇であるが、ぞっと怖気のする物語である。夜中に騒いだことで、五本松に棲む魔神が罰を与えたのだろう。

 昼間の境内はひたすら静かだ。魔の気配は全くない。けれど、夕暮れてから五本松を訪れる勇気は、とても持てそうにない。

『北國新聞』2024年(令和6年)7月20日(土曜日)

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