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備忘録|おかざき真里 著『阿・吽』 10巻

おかざき真里著『阿・吽』10 小学館 監修・協力 阿吽社

おかざき真里著『阿・吽』10 小学館 監修・協力 阿吽社

〈最新刊〉おかざき真里著『阿・吽』(10巻)届きました! 読書後のメモです。

「華厳」の描写、素敵です。ドキドキしました。やっぱり真里さん、すごいな〜

新しい空海伝! 現代版「弘法大師行状図画」〈マンガ〉です。

ぜひお読みになってみてください!

2019年10月11日 
『阿・吽』第10巻  お求めはこちらから!

備忘録|おかざき真里 著『阿・吽』10巻

〈10巻〉 東大寺別当となり、南都の間でもその力が認められる空海。後継者にと目をかけていた泰範が比叡山を降りてしまい、失意のどん底に落ちる最澄。しかし二人の心はより強く惹かれあい、最澄は空海の待つ乙訓寺へ…

54話 東大寺別当(とうだいじべっとう)

『高野大師行状絵詞』など、弘法大師の伝記絵巻でみた「大きなハチ」がいきなり登場。東大寺にハチがでて、僧侶を刺し殺したそうな。蜂をおそれた僧侶が寺を去り困っていたところに、空海が東大寺の別当になる。弘仁元年(810)、御年37歳。

たちまちハチが退散し、東大寺はもとの隆盛を取り戻すという話。大きくて凶暴なハチは最澄ら新興勢力の暗示か。

空海は言葉を発せず、黙をもって絶対真実を開示する。

55話 裏泰範(うらたいはん)

泰範は若い頃から得度して官僧(官から度牒を得て公に出家した僧)となっていた。学識もあり、僧としての品格も備えていたという。最澄はその資質を見抜いて、自分の跡継ぎとして育てていたようだ。

最澄が常々唱えていたことは、仏教はお釈迦さまの言葉に立ち返るべきであり、釈尊のことばが書かれた経典である法華経を中心にした天台宗が最良であると。泰範はそれに共鳴して弟子入りをしたのかもしれない。

弘仁二年(811)8月1日、比叡山で法華経についての重要な講義が開かれ、泰範は主催者側の立場にあった。

しかし突然、その職を辞任するという断りの手紙を最澄に送ってきた。

56話 ふたりの姫

空海、にうつ様と美貌の橘嘉智子(檀林皇后)に法を説く。美しい!

57話 御遺言(ごゆいごう)

弘仁三年(812)5月8日、最澄は泰範の心中の変化に気づかないままに、生前の遺言書を公開。泰範を天台宗の跡継ぎにすると公言した。

ところが、その翌月の6月28日、泰範は最澄に「つつしんで暇をください」と手紙を書き送っている。絶縁状ともいえる手紙であった。

58話 犀の角(さいのつの)

「犀の角のようにただ独り歩め」

仏教では「悩みの原因となる対人関係から距離をとる」という意味での孤独をすすめるとともに、「優れた友との交流」を勧める。

一見して矛盾するように思われるが、そのねらいは真に独立した人格を形成するためにはどちらも必要だということだ。

「彼(か)とともに歩め」

59話 乙訓寺の一夜(おとくにでらのいちや)

空海が住職をつとめる乙訓寺をたずねた最澄は、空海に対して、丁寧な態度で腰を低くして教えを乞うた。

乙訓寺といえば、かつて冤罪によって早良(さわら)親王が幽閉されたのち、淡路島に遠島の途中非業に死を遂げた寺として知られている。


* 次号が発刊されたら、このあとを書き足していこうと思っています。

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高野山大学のシークレットキャンパスに『阿・吽』が使われています。ごらんください!

参考 高野山大学シークレットキャンパス2019高野山大学

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