泉鏡花の「五本松」をよむ

泉鏡花の「五本松」をよむ

宝泉寺のご神木「五本松」を荒御霊の魔神の棲家であることを誰も知らないものはない。尤も幹の周囲には注連を飾、傍に山伏の居る古寺が一宇ある。此の神木に對し、少しでも侮蔑を加へたものは、立處に其の罰を蒙るといふ..

五本松  泉 鏡花

【朗読】五本松 泉鏡花

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【テキスト】五本松 泉鏡花

五本松  泉鏡花

衾に入ったのは十二時を聞いて小半時経った後で、秋の夜は長いから、それまでにいろいろな事があった。血氣で好奇心の熾な少年の為る事は、自分と都合五人づれで、十一時過から天神山を指して登ったことである。

麓の町に澄渡った月の下に、まだ夜店が残って居た。三角形の行燈に、くだものと假名を朱でかいた爺さんの店で、少しばかり賣残った棗と、蒸栗とを買って、ひえて冷いのを手ン手に袂に入れた。袂も重いほど、したしたと降るが如き夜露で、道すがら渡った小橋の欄干も、水を打ったやうであった。

市の者が遊山場にするものであるから、坂も長くはない。又険しくもないので、たゞ處々樹立に入って暗くなり、森を潜って出ると明るくなる月夜の山道を、いづれも草の露に濡るゝ足を、重くも思はず浮かれて登る。

天神山と云ふ、其の嶺から道を轉じて、愛宕といふのにかゝって來た。是で臥龍山の半腹を一廻りしたことになる。歸途になると、歩行くのに話の種子も途絶えたといふもので、聲を合せて謡をはじめた。

皆で節の揃ふのも多度はないから、おなじ歌ばかり繰返したのにも飽の來たので、後は思ひ思ひに、軍歌、童謡、流行唄、いかさまなぞめきも交って、人憚らぬ高調子、麓で聞いたら、猪狩の鯨波の聲だと、思ふであらう、と然う思った時、山道の細い坂を一列になった、眞先に立って居た自分は、弗と心着いた。

此の愛宕には、五本と云って、幾年經るか、老松一株、岳の嶺に立って居るが、根から五本に別れて、梢は丸く繁って居る。

大屋根に上がると、土蜘蛛の蟠ったやうな根から梢まで、間近にあからさまに見える。其の橋の上からでも、辻の角からでも、路地の中からでも、櫺(=木+霊)子の窓からでも、凡そ全市街の要處々々、此松が見えて、景色を添へない處はない。

石燈篭を置くにも、遠景に此松を控へ、池を造るにも、眺めに此松を添へると云ったやうなもので、其の癖慰みにあしらふべきものではなく、荒御霊の魔神の棲家であることを誰も知らないものはない。尤も幹の周囲には注連を飾って、傍に山伏の居る古寺が一宇ある。此の神木に對し、少しでも侮蔑を加へたものは、立處に其の罰を蒙るといふ、奇しく怪しき物語は、口碑に傳って數ふるに勝へないが、其れより、疑ひもなく去年の秋。

塗師屋の職人に源といふ侠気が在って、大口を利く、豪傑がる、人を人とも思はぬのだから、神佛も何もない。其癖、春秋の社日の夜参詣、蓮如忌の山遊びなどは、缺した事がないのに、曰く、俺様にかゝつちや、天狗も馬の糞も何もねえと、汚口を叩いて弥治郎兵衛のやうな太平楽。魔は夜中に騒がしいのを嫌ふてえから、一番愛宕山を呼崩してくれべい、皆來ねえ、屁放りの弱蟲め、那様了簡だから一人で寝るのだ、と罵って、無理強ひに連中を募った。これが五人、件の源さんが眞先に立って、同じく天神山から鳴り下って、愛宕へ懸ったのは丁度丑の刻。

路が恁く狭いのであるから、其時も一列になって下りて來たが、旋て五本松を通り過ぎ、麓の灯が足の下に見えた時、様あ見ろ、何うだ、魔なんざ身もだえも羽ばたきも出來るもんぢやあるめえがの、それ、と言って隊長傲然と振返ると、恁は如何に、誰も見えない。――今まで背に附着て來たのが、四人とも影も形もなく、源、唯一人になって居たから、あっと思った切。

手にも取られず、目にも見えないが、唯其の疾さは、鳶が羽を伸ばした時ほどの、ものの氣勢に追懸けられる。其の恐しさに、丘とも謂はず、狂ひ狂ひ逃げ廻ったが、前後不覚の間にも、あはれ、足疾鬼も從ふべからざる自轉車に乘ったら、其の追ふ者から遁れて、人間界に歸る事が出來るだらう、と思ひ詰めて居たと、半年ばかり經て源が本氣になってから、前の世の事であったやうに思ひ出して語った。

其時の後の四人は、奈何して又源が目から消えたといふのに、一番後の殿で歩いて居た一人が、五本松の下でふっつりと鼻緒を切ったので、おや、と言って立停ると、何だ、何だ、といふので、前に立った三人言合せたやうに氣を揃へて、其のおや、の何なるかを怪んで立停った、此の咄嗟の間に、源は何も知らないで、平氣で歩行いたから、少し離れて振返った時は、後の四人が立停った時だったのである。

四人は源を見失って、ついたゞ先へ歸ったものとばかり、別に怪まないで麓に下り、別れ別れに歸って寝た。夜中に源が家から尋ねて來たので、はじめて行方の知れないのに氣が付いて、それから騒ぎ出したといふ。
心からでもあらう、然し夜も同じ時も同じ時、然も、言合せたやうな五人連、自分は眞先に立たって居たから、異常はなくとも、あまり此處で騒ぐのはよくないと、弗と心に然う浮んだ。

譯を言って、唄ふのを止めさせよう、と思ったけれども、中には殊の外憶病なのがあって、厭だといふのを、是も些と無理強ひに、負け惜みを出させて連れて來たので、自分と今一人、高山といふ、是は殿を打って居た。二人は可いが、憖つかな事言出して、此の山の中で、神經でも起こされてはと思って、わざと言はずじまひ。其侭自分だけは聲を呑んだが、外連は、こらしよの、こらさ、こらこらと好元氣で、草木や山の香が骨まで透る夜氣にもめげず、麓へ下りたので、自分は吻といふ息を吐いた。

家に近い四辻で、月明に濡れた黒い姿で、横を向き、後になり、斜に立ち、手を挙げて、放れ放れに別れて歸った。

自分で戸締まりをして、二階へ上がって衾を引被いたが、烈しい夜露に浸された所為であらう、體は凡濡紙で巻かれたやうで、而して胸も背も冷たかった。

暗い木立の中を通す、一條の月の光の明るい中を、山を歩行いて來た景色などを思ひ浮めながら、疲れてうとうとしたと思ふと、瓦斯に犯されるやうな心持、唇がはしやいで、頭が赫々と逆上るので、うつとりしながら目を擦って起上る。

枕元に置いた金の火鉢に、寝るのだから埋んで置いた、ごとごつした大きな炭が、不残眞赤になって烈々となって燃える。

顔を向けると咽せさうなのに、再び掻寄せて灰を浴せて、そのまゝ仰向けになったが、其時から目が冴えた、枕にした愛宕の山颪は、五本松を潜って襲ふが如く身に浸みる。

ひつそりして物音もしない時、颯とばかりに戸外を駈けていくもの氣勢がある。其とも思ひ料らず、ふと考へた、其の疾さは丁ど犬が全速力を篭めて四足で駈けるほどで、而して唯脚ばかりではない、凡そ鳶が伸ばしたばかりの翼を備へた物であらうと思ひ取った、更にその駈けて行ったのを、地を行くでもなく、又宙を飛ぶでもなく、着かず放れず其の翼の尖、脚の裏がかすかに地に着いたほど、地の上一寸の所を矢の如くに過り去ったかのやうである。ものの音はたゞ一瞬間であったが、其の氣勢は脈々として長く、耳に残って消え失せない。

自分は其の形跡を窺はうと思って、衾から離れて出て、障子を開けて雨戸に手をかけたが、少し猶豫った。

月明かりは板戸の隙から一筋入って、灯を後にした寝衣の襟へさす、此の明るさでは、蟲も見えよう、今戸を開けて、戸外に甚麼ものを見ようも知れぬ、と殆ど想像し得られない怪い形を心に描いて逡巡したのである。

けれども、思切って一枚開けた、板戸一枚ががたりと入った、戸袋へどんと手頃な石塊を打當てた音がした。

目を眠って坐ったが、及腰に戸外を透すと、誰も居ない、向の屋根)と其の隣の蔵があるばかり、何にもない、眞晝のやうな月夜である。

もの音の過ぎ去った、西の方なる町の果には、白々と霧がかゝって居た。

落着いて、密と静かに又雨戸を閉めて、障子に氣が付かず、閉めると旋て、つかつかと引返して、倒れるやうに衾に入って、襟を顔の半ばに引駈けて、熟として居た。

木太刀を打合ふ音、駈違ひ入亂るゝ數百人の跫音、一しきり止むと、女のひいひい泣く聲がする。又太刀の音、足の音、一しきり止む、と又泣聲がする。手に取るやうに聞える。が間近ではない。町を一つ隔てた山の麓の通りから、曩渡った橋の上へかけて、推しつ返しつ、恰も軍が始ったやうであった、其の不思議よりも、寧ろ是を聞いていた自分を怪まねばならぬ。

凡そ此の修羅場の消息は、絶えず一二時間も續いたらう。果は聞き馴れて敢て耳を欹ず、氣も遠くなってうとうとすると、何ともいふ先觸はなしに、誰彼の高山といふのが血だらけになって戸を敲いて來る、手も足も血塗れになって來るから、戸を開けて入れてやらねばならない、と然う思ひ思ひ、うつとりとなって寝たものらしい。

起きると、我ながら慌しくなって駈けて家を出て、然まで遠方ではなかった其人の下宿を尋ねた。

いつもの寝坊が早起もをかしいのに、机の前に、寝衣の侭茫乎ともの思をして坐って居たが、顔を見ると突然自分の名を呼んで、昨夕は何事もなかったか、と言った。

渠もよく寝付けなかったので、これは礫も打たれず、怪禽の地を駈けるのも知らなかったが、修羅の消息は同じやうに聞いたのである。

而して恐ろしい様な顔をして見せた。両手とも赤いものに浸されて居た。顔を洗はうとして弗と氣が注いたと言った。掌と甲は落としたが、まだ洗ひ殘した指と指との間は、十本とも斑に黒ずんだ色の赤いものに浸れて居たので、赤インキでもない、朱でもない、魚の腸の色でもないが、血ぢやあるまい、けれども顔を見合わせた時は、心々に頷いた。

窓を開ければ五本松の梢が、向の物干しの陰からほッかりと見えるのだけれども、何か憚る處があって、其二三日は垂篭めて居た、其だけで無事であった。

(『泉鏡花全集』第4巻 岩波書店・昭和16年発行)

【よみがな】ごほんまつ いずみ きょうか

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五本松   泉 鏡花

衾(ふすま)に入(はひ)つたのは十二時(じ)を聞(き)いて小半時(こはんとき)経(た)つた後(あと)で、秋(あき)の夜(よ)は長(なが)いから、 それまでにいろいろな事(こと)があつた。血氣(けつき)で好奇心(かうきしん)の熾(さかん)な少年(せうねん)の為(す)る事(こと)は、自分(じぶ ん)と都合(つがふ)五人(にん)づれで、十一時(じ)過(すぎ)から天神山(てんじんやま)を指(さ)して登(のぼ)つたことである。

麓(むもと)の町(まち)に澄渡(すみわた)つた月(つき)の下(した)に、まだ夜店(よみせ)が残(のこ)つて居(い)た。三角形(さんかくけい)の行 燈(あんどう)に、くだものと假名(かな)を朱(しゆ)でかいた爺(ぢい)さんの店(みせ)で、少(すこ)しばかり賣残(うれのこ)つた棗(なつめ)と、 蒸栗(むしぐり)とを買(か)つて、ひえて冷(つめた)いのを手(て)ン手(で)に袂(たもと)に入(い)れた。袂(たもと)も重(おも)いほど、したし たと降(ふ)るが如(ごと)き夜露(よつゆ)で、道(みち)すがら渡(わた)つた小橋(こばし)の欄干(らんかん)も、水(みず)を打(う)つたやうであ つた。

市(まち)の者(もの)が遊山場(ゆさんば)にするものであるから、坂(さか)も長(なが)くはない。又険(またけは)しくもないので、たゞ處々樹立(と ころどころこだち)に入(はひ)つて暗(くら)くなり、森(もり)を潜(もぐ)つて出(で)ると明(あか)るくなる月夜(つきよ)の山道(やまみち)を、 いづれも草(くさ)の露(つゆ)に濡(ぬ)るゝ足(あし)を、重(おも)くも思(おも)はず浮(う)かれて登(のぼ)る。

天神山(てんじんやま)と云(い)ふ、其(そ)の嶺(いただき)から道(みち)を轉(てん)じて、愛宕(あたご)といふのにかゝつて來(き)た。是(こ れ)で臥龍山(ぐわりうざん)の半腹(はんぷく)を一廻(ひとめぐ)りしたことになる。歸途(きと)になると、歩行(ある)くのに話(はなし)の種子(た ね)も途絶(とだ)えたといふもので、聲(こゑ)を合(あは)せて謡(うた)をはじめた。

皆(みんな)で節(ふし)の揃(そろ)ふのも多度(たんと)はないから、おなじ歌(うた)ばかり繰返(くりかへ)したのにも飽(あき)の來(き)たので、 後(あと)は思(おも)ひ思(おも)ひに、軍歌(ぐんか)、童謡(どうえう)、流行唄(はやりうた)、いかさまなぞめきも交(まじ)つて、人憚(ひとはゞ か)らぬ高調子(やがでうし)、麓(ふもと)で聞(き)いたら、猪狩(しゝがり)の鯨波(とき)の聲(こゑ)だと、思(おも)ふであらう、と然(さ)う思 (おも)つた時(とき)、山道(やまみち)の細(ほそ)い坂(さか)を一列(れつ)になつた、眞先(まッさき)に立(た)つて居(ゐ)た自分(じぶん) は、弗(ふと)と心着(こゝろづ)いた。

此(こ)の愛宕(あたご)には、五本松(ごほんまつ)と云(い)つて、幾年經(いくとしふ)るか、老松(らうしょう)一株(しゆ)、岳(をか)の嶺(いたゞき)に立(た)つて居(ゐ)るが、根(ね)から五本(ごほん)に別(わか)れて、梢(こずゑ)は丸(まる)く繁(しげ)つて居(ゐ)る。

大屋根(おほやね)に上(あが)がると、土蜘蛛(つちぐも)の蟠(わだかま)つたやうな根(ね)から梢(こずゑ)まで、間近(まぢか)にあからさまに見 (み)える。其(そ)の橋(はし)の上(うえ)からでも、辻(つじ)の角(かど)からでも、路地(ろぢ)の中(なか)からでも、櫺(=木+霊)子(れんじ)の窓(まど)からでも、凡(およ)そ全市街(ぜんしがい)の要處々々(えうしよえうしよ)、此松(このまつ)が見(み)えて、景色(けしき)を添 (そ)へない處(ところ)はない。

石燈篭(いしどうろう)を置(お)くにも、遠景(ゑんけい)に此松(このまつ)を控(ほか)へ、池(いけ)を造(つく)るにも、眺(なが)めに此松(このまつ)を添(そ)へると云(い)つたやうなもので、其(そ)の癖慰(くせなぐさ)みにあしらふべきものではなく、荒御霊(あらみたま)の魔神(まじん)の 棲家(すみか)であることを誰(たれ)も知(し)らないものはない。尤(もつと)も幹(みき)の周囲(まはり)には注連(しめ)を飾(かざ)つて、傍(か たはら)に山伏(やまぶし)の居(ゐ)る古寺(ふるでら)が一宇(う)ある。此(こ)の神木(しんぼく)に對(たい)し、少(すこ)しでも侮蔑(ぶべつ) を加(くは)へたものは、立處(たちどころ)に其(そ)の罰(ばち)を蒙(かふむ)るといふ、奇(く)しく怪(あや)しき物語(ものがたり)は、口碑(こうひ)に傳(つたは)つて數(かぞ)ふるに勝(た)へないが、其(そ)れより、疑(うたが)ひもなく去年(こぞ)の秋(あき)。

塗師屋(ぬしや)の職人(しよくにん)に源(げん)といふ侠気(きほひ)が在(あ)つて、大口(おほぐち)を利(き)く、豪傑(がうけつ)がる、人(ひ と)を人(ひと)とも思(おも)はぬのだから、神佛(しんぶつ)も何(なに)もない。其癖(そのくせ)、春秋(はるあき)の社日(しやにち)の夜参詣(よ まゐり)、蓮如忌(れんにょき)の山遊(やまあそ)びなどは、缺(かゝ)した事(こと)がないのに、曰(いは)く、俺様(おれさま)にかゝつちや、天狗 (てんぐ)も馬(うま)の糞(くそ)も何(なに)もねえと、汚口(きたなぐち)を叩(たた)いて弥治郎兵衛(やじろべゑ)のやうな太平楽(たいへいら く)。魔(ま)は夜中(よなか)に騒(さわが)がしいのを嫌(きら)ふてえから、一番(ばん)愛宕山(あたごやま)を呼崩(よびくづ)してくれべい、皆來 (みんなき)ねえ、屁放(ヘっぴ)りの弱蟲(よわむし)め、那様了簡(そんなれうけん)だから一人(ひとり)で寝(ね)るのだ、と罵(のゝし)つて、無理 強(むりじ)ひに連中(れんぢう)を募(つの)つた。これが五人(にん)、件(くだん)の源(げん)さんが眞先(まっさき)に立(た)つて、同(おな)じ く天神山(てんじんやま)から鳴(な)り下(くだ)つて、愛宕(あたご)へ懸(かゝ)つたのは丁度丑(ちやうどうし)の刻(こく)。

路(みち)が恁(か)く狭(せま)いのであるから、其時(そのとき)も一列(れつ)になつて下(お)りて來(き)たが、旋(やが)て五本松(ごほんまつ) を通(とほ)り過(す)ぎ、麓(ふもと)の灯(ひ)が足(あし)の下(した)に見(み)えた時(とき)、様(ざま)あ見(み)ろ、何(どう)うだ、魔 (ま)なんざ身(み)もだえも羽(は)ばたきも出來(でき)るもんぢやあるめえがの、それ、と言(い)つて隊長傲然(たいちややがうぜん)と振返(ふりか へ)ると、恁(こ)は如何(いか)に、誰(だあれ)も見(み)えない。―― 今(いま)まで背後(うしろ)に附着(くッつ)て來(き)たのが、四人(よにん)とも影(かげ)も形(かたち)もなく、源(げん)、唯一人(ただひとり) になつて居(ゐ)たから、あッと思(おも)つた切(きり)。

手(て)にも取(と)られず、目(め)にも見(み)えないが、唯其(たゞそ)の疾(はや)さは、鳶(とんび)が羽(はね)を伸(の)ばした時(とき)ほど の、ものの氣勢(けはひ)に追懸(おッか)けられる。其(そ)の恐(おそろ)しさに、丘(おか)とも謂(い)はず、狂(くる)ひ狂(くる)ひ逃(に)げ廻 (まは)つたが、前後不覚(ぜんごふかく)の間(あひだ)にも、あはれ、足疾鬼(そくしつき)も從(したがふ)ふべからざる自轉車(じてんしゃ)に乘 (の)つたら、其(そ)の追(お)ふ者(もの)から遁(のが)れて、人間界(にんげんかい)に歸(かえ)る事(こと)が出來(でき)るだらう、と思(お も)ひ詰(つ)めて居(ゐ)たと、半年(はんとし)ばかり經(へ)て源(げん)が本氣(ほんき)になつてから、前(さき)の世(よ)の事(こと)であつた やうに思(おも)ひ出(だ)して語(かた)つた。

其時(そのとき)の後(あと)の四人(よにん)は、奈何(どう)して又源(またげん)が目(め)から消(き)えたといふのに、一番(いちばん)後(あと) の殿(しんがり)で歩(ある)いて居(ゐ)た一人(ひとり)が、五本松(ごほんまつ)の下(した)でふッつりと鼻緒(はなを)を切(き)つたので、おや、 と言(い)つて立停(たちどま)ると、何(なん)だ、何(なん)だ、といふので、前(まへ)に立(た)つた三人(さんにん)言合(いひあわ)せたやうに氣 (き)を揃(そろ)へて、其(そ)のおや、の何(なん)なるかを怪(あやし)んで立停(たちどま)つた、此(こ)の咄嗟(とつさ)の間(かん)に、源(げ ん)は何(なん)も知(し)らないで、平氣(へいき)で歩行(ある)いたから、少(すこ)し離(はな)れて振返(ふりかへ)つた時(とき)は、後(あと) の四人(よにん)が立停(たちどま)つた時(とき)だつたのである。

四人(よにん)は源(げん)を見失(みうしな)つて、ついたゞ先(さき)へ歸(かへ)つたものとばかり、別(べつ)に怪(あやし)まないで麓(ふもと)に 下(くだ)り、別(わか)れ別(わか)れに歸(かえ)つて寝(ね)た。夜中(よなか)に源(げん)が家(うち)から尋(たづ)ねて來(き)たので、はじめ て行方(ゆくへ)の知(し)れないのに氣(き)が付(つ)いて、それから騒(さわ)ぎ出(だ)したといふ。
心(こころ)からでもあらう、然(しか)し夜(よ)も同(おな)じ時(とき)も同(おな)じ時(とき)、然(しか)も、言合(いひあは)せたやうな五人連 (ごのんづれ)、自分(じぶん)は眞先(まつさき)に立()たつて居(いあ)たから、異常(いじゃう)はなくとも、あまり此處(こゝ)で騒(さわ)ぐのは よくないと、弗(ふ)と心(こころ)に然(さ)う浮(うか)んだ。

譯(わけ)を言(い)つて、唄(うた)ふのを止(や)めさせよう、と思(おも)つたけれども、中(なか)には殊(こと)の外(ほか)憶病(おくびよう)な のがあつて、厭(いや)だといふのを、是(これ)も些(ち)と無理(むり)強(じ)ひに、負(まけ)け惜(をし)みを出(だ)させて連(つ)れて來(き) たので、自分(じぶん)と今(いま)一人(ひとり)、高山(たかやま)といふ、是(これ)は殿(いんがり)を打(う)つて居(ゐ)た。二人(ふたり)は可 (い)いが、憖(なまじ)つかな事(こと)言出(いひだ)して、此(こ)の山(やま)の中(なか)で、神經(しんけい)でも起(お)こされてはと思(お も)つて、わざと言(い)はずじまひ。其侭(そのまゝ)自分(じぶん)だけは聲(こゑ)を呑(の)んだが、外連(ほかれん)は、こらしよの、こらさ、こら こらと好元氣(いゝげんき)で、草木(きさき)や山(やま)の香(か)が骨(ほね)まで透(とほ)る夜氣(やき)にもめげず、麓(ふもと)へ下(お)りた ので、自分(じぶん)は吻(ほつ)といふ息(いき)を吐(つ)いた。

家(うち)に近(ちか)い四辻(よつつじ)で、月明(つきあかり)に濡(ぬ)れた黒(くろ)い姿(すが)で、横(よこ)を向(む)き、後(うしろ)になり、斜(なゝめ)に立(た)ち、手(て)を挙(あ)げて、放(はな)れ放(ばな)れに別(わか)れて歸(かえ)つた。

自分(じぶん)で戸締(とじ)まりをして、二階(にかい)へ上(あ)がつて衾(ふつま)を引被(ひつかつ)いたが、烈(はげ)しい夜露(よつゆ)に浸(ひ た)された所為(せゐ)であらう、體(からだ)は凡(すべて)濡紙(ぬれがみ)で巻(ま)かれたやうで、而(さう)して胸(むね)も背(せ)も冷(つめ) たかつた。

暗(くら)い木立(こだち)の中(なか)を通(とお)す、一條(いちでう)の月(つき)の光(ひかり)の明(あか)るい中(なか)を、山(やま)を歩行 (つらぬ)いて來(き)た景色(けしき)などを思(おも)ひ浮(うか)めながら、疲(つか)れてうとうとしたと思(おも)ふと、瓦斯(がす)に犯(をか) されるやうな心持(こゝろもち)、唇(くちびる)がはしやいで、頭(つむり)が赫々(くわっくわっ)と逆上(のぼせ)るので、うつとりしながら目(め)を 擦(こす)つて起上(おきあが)る。

枕元(まくらもと)に置(お)いた金(きん)の火鉢(ひばち)に、寝(ね)るのだから埋(うづ)んで置(お)いた、ごとごつした大(おほ)きな炭(すみ)が、不残眞赤(のこらずまつか)になつて烈々(れつれつ)となつて燃(も)える。

顔(かほ)を向(む)けると咽(む)せさうなのに、再(ふたゝ)び掻寄(かきよ)せて灰(はひ)を浴(あび)せて、そのまゝ仰向(あおむ)けになつたが、 其時(そのとき)から目(め)が冴(さ)えた、枕(まくら)にした愛宕(あたご)の山颪(やまおろし)は、五本松(ごほんまつ)を潜(くゞ)つて襲(お そ)ふが如(ごと)く身(み)に浸(し)みる。

ひつそりして物音(ものおと)もしない時(とき)、颯(さつ)とばかりに戸外(おもて)を駈(か)けていくもの氣勢(へはひ)がある。其(それ)とも思 (おも)ひ料(はか)らず、ふと考(かんが)へた、其(そ)の疾(はや)さは丁(ちやう)ど犬(いぬ)が全速力(ぜんそくりよく)を篭(こ)めて四足(よつあし)で駈(か)けるほどで、而(そ)して唯脚(たゞあし)ばかりではない、凡(およ)そ鳶(とび)が伸(の)ばしたばかりの翼(つばさ)を備(そな) へた物(もの)であらうと思(おも)ひ取(と)つた、更(さら)にその駈(か)けて行(い)つたのを、地(ち)を行(ゆ)くでもなく、又宙(またちう)を 飛(と)ぶでもなく、着(つ)かず放(はな)れず其(そ)の翼(つばさ)の尖(さき)、脚(あし)の裏(うら)がかすかに地(ち)に着(つ)いたほど、地 (ち)の上(うえ)一寸(いつすん)の所(ところ)を矢(や)の如(ごと)くに過(よぎ)り去(さ)つたかのやうである。ものの音(おと)はたゞ一瞬間 (いっしゅんかん)であつたが、其(そ)の氣勢(けはい)は脈々(みやくみやく)として長(なが)く、耳(みみ)に残(のこ)つて消(き)え失(う)せな い。

自分(じぶん)は其(そ)の形跡(けいせき)を窺(うかゞ)はうと思(おも)つて、衾(ふすま)から離(はな)れて出(で)て、障子(しようじ)を開(あ)けて雨戸(あまど)に手(て)をかけたが、少し猶豫(たねら)つた。

月明(つきあ)かりは板戸(いたど)の隙(すき)から一筋(ひとすぢ)入(はひ)つて、灯(ひ)を後(うしろ)にした寝衣(ねまき)の襟(えり)へさす、 此(こ)の明(あか)るさでは、蟲(むし)も見(み)えよう、今戸(いまと)を開(あ)けて、戸外(おもて)に甚麼(どんな)ものを見(み)ようも知 (し)れぬ、と殆(ほとん)ど想像(さうざう)し得(え)られない怪(あやし)い形(かたち)を心(こころ)に描(ゑが)いて逡巡(しゆんじゆん)したの である。

けれども、思切(おもひき)つて一枚(いちまい)開(あ)けた、板戸(いたど)一枚(いちまい)ががたりと入(はひ)つた、戸袋(とぶくろ)へどんと手頃(てごら)な石塊(いしころ)を打當(うちあ)てた音(おと)がした。

目(め)を眠(ねむ)つて坐(すわ)つたが、及腰(およびごし)に戸外(こがい)を透(すか)すと、誰(だれ)も居(ゐ)ない、向(むかう)の屋根(や ね)と其(そ)の隣(となり)の蔵(くら)があるばかり、何(なん)にもない、眞晝(まひる)のやうな月夜(つきよ)である。

もの音(おと)の過(す)ぎ去(さ)つた、西(にし)の方(かた)なる町(まち)の果(はて)には、白々(しらしら)と霧(きり)がかゝつて居(ゐ)た。

落着(おちつ)いて、密(そつ)と静(しづか)かに又(また)雨戸(あまど)を閉(し)めて、障子(しょうじ)に氣(き)が付(つ)かず、閉(し)めると 旋(やが)て、つかつかと引返(ひきかへ)して、倒(たお)れるやうに衾(ふすま)に入(はひ)つて、襟(えり)を顔(かお)の半(なか)ばに引駈(ひつ か)けて、熟(じつ)として居(ゐ)た。

木太刀(きだち)を打合(うちあ)ふ音(おと)、駈違(かけちが)ひ入亂(いりみだ)るゝ數百人(すひゃくにん)の跫音(あしおと)、一(ひと)しきり止 (や)むと、女(をんな)のひいひい泣(な)く聲(こゑ)がする。又(また)太刀(たち)の音(おと)、足(あし)の音(おと)、一(ひと)しきり止 (や)む、と又(また)泣聲(なきごえ)がする。手(て)に取(と)るやうに聞(きこ)える。が間近(まぢか)ではない。町(まち)を一(ひと)つ隔(へだ)てた山(やま)の麓(ふもと)の通(とお)りから、曩(さつき)渡(わた)つた橋(はし)の上(うえ)へかけて、推(お)しつ返(かえ)しつ、恰(あ たか)も軍(いくさ)が始(はじま)つたやうであつた、其(そ)の不思議(ふしぎ)よりも、寧(むし)ろ是(これ)を聞(き)いていた自分(じぶん)を怪 (あやし)まねばならぬ。

凡(およ)そ此(こ)の修羅場(しゆらば)の消息(せうそく)は、絶(た)えず一二時間(いちにじかん)も續(つゞ)いたらう。果(はて)は聞(き)き馴 (な)れて敢(あへ)て耳(みみ)を欹(そばだて)ず、氣(き)も遠(とほ)くなつてうとうとすると、何(なん)ともいふ先觸(さきぶれ)はなしに、誰 (たゞ)彼(か)の高山(たかやま)といふのが血(ち)だらけになつて戸(と)を敲(たゝ)いて來(く)る、手(て)も足(あし)も血塗(ちぬ)れになつ て來(く)るから、戸(と)を開(あ)けて入(い)れてやらねばならない、と然(さ)う思(おも)ひ思(おも)ひ、うつとりとなつて寝(ね)たものらし い。

起(お)きると、我(われ)ながら慌(あわたゞ)しくなつて駈(か)けて家(いえ)を出(で)て、然(さ)まで遠方(ゑんぼう)ではなかつた其人(そのひと)の下宿(げしゆく)を尋(たず)ねた。

いつもの寝坊(ねぼう)が早起(はやおき)もをかしいのに、机(つくえ)の前(まへ)に、寝衣(ねまき)の侭(まま)茫乎(ぼうつ)ともの思(おもひ)を して坐(すわ)つて居(ゐ)たが、顔(かお)を見(み)ると突然(つつぜん)自分(じぶん)の名(な)を呼(よ)んで、昨夕(ゆうべ)は何事(なにごと) もなかつたか、と言(い)つた。

渠(かれ)もよく寝付(ねつ)けなかつたので、これは礫(つぶて)も打(う)たれず、怪禽(くわいきん)の地(ち)を駈(か)けるのも知(し)らなかつたが、修羅(しゅら)の消息(せうそく)は同(おな)じやうに聞(き)いたのである。

而(そ)して恐(おそ)ろしい様(やう)な顔(かほ)をして見(み)せた。両手(りょうて)とも赤(あか)いものに浸(ひた)されて居(ゐ)た。顔(か ほ)を洗(あら)はうとして弗(ふ)と氣(き)が注(つ)いたと言(い)つた。掌(たなそこ)と甲(かふ)は落(お)としたが、まだ洗(あら)ひ殘(の こ)した指(ゆび)と指(ゆび)との間(あひだ)は、十本(じつぽん)とも斑(まだら)に黒(くろ)ずんだ色(いろ)の赤(あか)いものに浸(ひた)れて 居(ゐ)たので、赤(あか)インキでもない、朱(しゆ)でもない、魚(うを)の腸(はらわた)の色(いろ)でもないが、血(ち)ぢやあるまい、けれども顔 (かほ)を見合(みあは)わせた時(とき)は、心々(こゝろごゝろ)に頷(うなづ)いた。

窓(まど)を開(あ)ければ五本松(ごほんまつ)の梢(こずゑ)が、向(むかう)の物干(ものほ)しの陰(かげ)からほッかりと見(み)えるのだけれど も、何(なに)か憚(はばか)る處(ところ)があつて、其(その)二三日(にさんにち)は垂篭(たれこ)めて居(ゐ)た、其(それ)だけで無事(ぶじ)で あつた。

(『泉鏡花全集』第4巻  岩波書店・昭和16年発行)

 

【泉鏡花について】

泉鏡花
泉鏡花

泉鏡花は1873年、金沢市に生まれました。幼少期を金沢で過ごした鏡花は終生、故郷と母とを哀惜し、折に触れて作品に登場します。しかし、母は出産後の産褥熱のため鏡花が10歳のとき死亡。鏡花は強い衝撃を受けます。16歳の時、友人宅で読んだ尾崎紅葉の「二人比丘尼 色懺悔」を読んで感激し文学を志すようになり、18歳のとき、東京の牛込の紅葉宅を訪ね入門を志願します。こうして、鏡花は紅葉宅での書生生活を始めます。紅葉の薫陶を受けながら鏡花は次第に実力をつけていきます。中でも、1900年に発表した「高野聖」のすぐれた幻想性は目を見張るものがあります。この他にも、「照葉狂言」、「婦系図」、「歌行燈」などの傑作を世に送り出しました。 江戸文芸の影響を深く受けた怪奇趣味と幻想性は、現代でも高く評価されています。特に幽玄華麗な独特の文体と巧緻を尽くした作風は、川端康成、石川淳、三島由紀夫らに影響を与えました。「五本松」は、明治31年12月号『太陽』巻第6巻第2号に初めて収録されました。


オンマリシエイソワカ
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