摩利支天山略縁起

摩利支天山 宝泉寺 略縁起

天正十一年(1583)、前田利家公が加賀国金沢城入城の際、城内の越後屋敷の地に摩利支天堂を創建し、摩利支天尊を自らの守護神として奉安し信仰崇拝されました。また利家公は末森の戦や関東の戦では、摩利支天尊を兜の中におさめて出陣せられ、加護を受けられたことはつとに有名です。

慶長六年(1601)、二代目利長公のとき、金沢城の鬼門(北東)にあたる向山の中腹に一万坪の地を寄進せられ、城内の摩利支天尊を当地に移築奉安し、「摩利支天山」と命名され、加賀百万石の「鬼門封じ」とし、別当宝泉坊が勤仕したのが、当寺の起こりです。

慶長十一年(1606)、利常公が「名人越後」と呼ばれた剣聖、富田越後守重政に堂宇を建立させてより、摩利支天尊は金沢城を眼下にするこの山頂に鎮座し、加賀百万石の城下町を守護され、巨益霊験を施し給うことは枚挙に遑ありません。

日本三摩利支天

これすなわち摩利支天山宝泉寺の名、四方に高き所以であります。金沢宝泉寺の加賀百万石の摩利支天、京都建仁寺の禅居庵の摩利支天、東京上野の広小路の摩利支天が「日本三摩利支天」と称されています。

当山はわが国随一、真言密教の護摩法を用いて、秘仏本尊・摩利支天を供養する寺院として知られています。

 

オンマリシエイソワカ
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