摩利支天のお正月〈年末年始のご案内〉

北陸 近代文学の里を行く|泉鏡花と宝泉寺

(文)秋山 稔 (金沢学院大学文学部教授)

 

明治から昭和初期にかけて、北陸は特色ある作家を数多く輩出し、また、この地を舞台とした。

作品も相次ぎ世に出された。近代文学の里と呼ぶにふさわしい北陸に点在する、作品ゆかりの地を金沢学院大学文学部日本文学研究室の教員たちが訪ね歩き、作品の魅力、作家たちが込めた思いの一片を探る。

 

五本松

五本松

 

五本松の怪異と亡母の奇跡

泉鏡花『町双六』 ― 金沢・卯辰山

天狗の住む「魔所」

五本松に向かう宝泉寺の石段

五本松に向かう宝泉寺の石段

鏡花の小説『町双六(まちすごろく)』の舞台、金沢市の卯辰山・宝泉寺の五本松と望湖台を訪ねた。ふもとに広がるひがし茶屋街には、観光客が行き交い、毘沙門こと宇多須神社からは、柏手を打つ音が響いてくる。

『町双六』の主人公由紀之助(ゆきのすけ)は一月七日、七草粥の日の午後、帰郷を終えて上京する前に両親の墓参りをしようと、この毘沙門の脇の子来坂を上 がる。従妹(いとこ)のお鶴と一緒で、子どもを乗せた乳母車を押している。大正五年の帰郷の際の体験に基づいた作品で、由紀之助は鏡花、お鶴は又従妹の目細てるさん、子どもはてるさんの五男円幸(えんこう)さんがモデルである。

 

年末の雪が消えて、嘘のように晴れた日で、追羽根(おいばね)をつく音が、「カチリカチリと天に響く」と作品にある。私が、宇多須神社の外囲いの石垣から子来坂を見上げた時も、多少の雲はあるものの、冬の弱い日が差していた。

子来坂は、第十四代藩主前田慶寧(よしやす)が、幕末に卯辰山を開発したときに造った坂だという。現在はコンクリートで舗装されていて、中央に長い階段が ある。「二町には足りない坂だが、ずいぶん急だね」と由紀之助がいうように、大変な急坂で、息が切れる。由紀之助はお鶴に代わって、数え年で二歳の男の子 を乗せた乳母車を押して上がった。さぞ骨が折れただろう。坂の上の五本松で一休みするのも無理はない。

私は息をはずませて坂上を 右に折れ、五本松に向かった。石段の両側に、小さな巡礼の石仏が並んでいる。摩利支天(まりしてん)を祭る宝泉寺に参詣して、根本近くから御本に枝分かれした五本松を見上げた。目を転じると、眼下に金沢の町が広がっている。吹き上げてくる風は冷たいが、穏やかな日和に恵まれた。鏡花の生まれた下新町(しもしんちょう)も、本願寺別院近くの目細家のあたりも一望できる。浅野川の景観を望む絶好の場所だ。

しかし、ここに来ると、いつも張りつめたものを感じる。五本松があるからだろうか。『町双六』には、「魔所」だとある。

鏡花の別の作品『五本松』では、夜中に高歌放吟(こうかほうぎん)してここを通った若者が、帰宅後、幻覚や幻聴に襲われる。鏡花に限らず、江戸後期生まれ の郷土史家・森田柿園(しえん)の『金沢古蹟志(こせきし)』にも「世人の伝説に、摩利支天堂の五本松は、昔より天狗の住所にて、折々怪異あり」とあるように、古くから天狗が住むと言い伝えられている。

金沢勝地「町双六」(金沢宝泉寺からの眺望)

金沢勝地「町双六」(金沢宝泉寺からの眺望)

『町双六』のお鶴は、うかつにも子来坂から城下一面が火事になる夢をよく見ると口にしてしまう。その一言が、天狗の眠りを妨げたのだろうか。突然、薄暗くなって、一陣の風が吹き、怪しい気配が漂う。

この後、望湖台で二人は、分別を喪い、死出の道行をする。それも天狗の幻術かもしれない。

タイトルの『町双六』は、五本松から見渡した金沢の町の景観を、大きな双六に見立てたものだが、実際にも『金沢名勝双地賑双六(かなざわめいしょうにぎわ いすごろく)』など、正月遊びの双六で市内を描いたものがある。この作品でサイコロを振るのは人間ではなく「魔所」の支配者、そして駒になるのは、由紀之助とお鶴だろう。

五本松から望湖台を目指した。冬の森は、木の葉も落ちて、静寂そのものだ。木々の間に見え隠れする市街地が少しずつ小さくなっていく。

五本松からの眺めを鏡花は双六に見立てた

五本松からの眺めを鏡花は双六に見立てた

『町双六』では由紀之助の両親の墓は、「丘一つ小松の中」にあり、やや丈の高い根のある松が目印になっているという。鏡花の両親の墓の実際であろう。望湖台の道路に沿って、七、八本の立派な松が並んでいた。有名は鏡花句碑「はゝこひし夕山桜峯(みね)の松」にいう「峯の松」である。が、「峯の松」がどれかは特定できない。赤褐色の松葉が、一面にこぼれ落ちていた。

次いで、望湖台南端の徳田秋声文学碑の奥に立った。お鶴と由紀之助が五本松越しにお鶴の家から立ち上がる火柱を見て、お鶴はいう。由紀之助と別れたくないばかりに自宅の土蔵に火を伏せてきたのだと。そのまま二人は子どもを置いて駆け落ちし、心中しようとする。五本松の魔に魅せられたに違いない。

そのとき、突然、墓の前に置き去りになった乳母車の中で子供が激しく泣き出す。すると、由紀之助の亡母であろう「端正な婦人」が現れ、「困った子どもたち」とつぶやき。子供を抱いて子守歌を歌う。それと同時に二人は卯辰山に引き戻され、子供は安らかに眠りにつく。家の煙も消え、「音楽」のような「羽子の音」が響いてくる。平穏無事な日常が戻ったのである。魔道に陥る男女が救済する母の奇跡が、印象的である。

(月刊『北國アクタス』2009年12月20日 )

まりちゃん

泉鏡花いわく、ここは「天狗のすむ魔所」だって。

わたしもここにいるよ! みんなおいで!

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