炎の儀式

[卯辰山寺院群の正月]山ろくに息づく炎の儀式

激しく打ち鳴らされる太鼓の響きと読経に呼応するように、護摩壇(ごまだん)の炎が三メートルまで舞い上がる。薄暗い本堂の中、ゆらめく炎の明かりが一心に祈る信徒たちの表情を照らし出した。卯辰山中腹に位置する宝泉寺(金沢市子来町)の新年は、開運勝利を祈る護摩供(ごまく)とともに明けた。

「お寺参りは一つのけじめやから、二十年以上欠かしたことがない。息子たちにも続けてほしいから、連れて来とるんや」。信徒の一人、臼村昇さん(52)=同市笠舞二丁目=は、市内の神社数社で初詣を済ませた後、宝泉寺を訪れた。

護摩木に願い込め

「商売繁盛」「厄難消滅」「身体健全」。炎にくべられる護摩木(ごまき)には、信徒たちのさまざまな願い事が託されていた。宝泉寺の本尊は、障害を取り除き、保財、勝利をもたらすとされる摩利支天(まりしてん)。県議、市議ら政治家が参拝する選挙の祈願寺としても知られ、永井柳太郎や阿部信行ら戦前の政治家が寄進した石柱や額も残っている。

卯辰山には、真言宗のほか日蓮宗や禅宗系の寺院も集まっている。逆に言えば、浄土真宗の寺院が少ない。一向一揆の柱となった一向宗(浄土真宗)寺院を統制するための、加賀藩の巧みな都市計画の結果であるという。

利家も信仰身につけ出陣

辻雅榮(がえい)住職がくべる護摩木の数が増えるにつれ、信徒の願いが託された炎は勢いを増す。摩利支天は武士の守護神ともされ、加賀藩祖前田利家もかぶとの中に像を納めて出陣したと伝えられる。

新年の卯辰山ろくには、北陸に根付いた浄土真宗系寺院とは色彩の違う祈りの風景が広がる。多重、多彩な金沢の歴史と信仰の形を包み込んだ金沢の精神風土を、卯辰山ろく寺院群に垣間見ることができる。

(四季のうた、北國新聞2002年1月3日)

オンマリシエイソワカ
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